「MIKROKOSMOS」 感想

投稿者: | 2018-10-18

「ミクロコスモス」・・・20世紀前半の大作曲家バルトーク・ベラが書いたピアノの教則本です。

おおむね、自分の子息のピアノレッスンのために書いた練習曲集。全部で6冊から成っており、最初はホントの初学者級から始まり、だんだん難しくなって、うしろの方にはプロピアニストのアンコールピースになるほどの内容を備えた曲も交じっているといいます。

このたび、ピアノの練習のために、中級向けと言われる第4集までを買ってみました。

さて、まずは第1集に取り組みます。

子供さん向けの初歩の初歩だもの、まあ1カ月くらいで弾きとばせるかな・・・とか高をくくり、鼻歌まじりで始めたわけです。

いやそれがところがだがしかし

序盤こそすらすら行ったものの、36曲くらいある中で25番目に至ったところで、激しくつまづきました。

まず、シャープが1コだから、なにげにホ短調ですね?と思ったら、なんだか様子がおかしい。目をこらしてよく見ると、シャープが「ド」についているじゃありませんか。脳天をカナヅチで殴られたような衝撃が走りました。

なんだ、これは。

まさにバルトークの洗礼でした。

このほかにも、これまでしっかりした地面のように足許にあった、ドイツ・オーストリア(・日本)系のいわゆるクラッシック音楽の先入観が音を立てて揺さぶられる仕掛けが随所にあります。

例えば、「ナントカ旋法」の聴き慣れないメロディライン。必ずしも気持ちよいとは言えないが、なんだか民族的エモーションに働きかけてくる和声。微妙に揺れ動き、交錯するリズム。初学者向けだっつー割には早くも炸裂する対位法。どこかの棚に上げたまま忘れたような終止・・・。

左手が伴奏、右手がメロディ、という構造の曲もありません。右と左がほぼ等価。

指自体は確かにカンタンなのですが、おっさんの脳の方が壊滅的について行けません。なんて難しい音楽なんだ。(子供ならすんなり入って行けるんでしょうけど)

一方、手のポジションは一曲の中ではまったく動きません。指を一度鍵盤の上に定めたら、手はずっと同じ場所にあるのです(10本の指が10の音に必ず一対一対応している)。運指のルールは、のちのち最も大事な要素かも知れないので、ここでこれでもかと身に染み込ませておこうという考えなのでしょう。

てな感じで、1カ月どころか、半年以上かかってしまったわけでした。しかし確かにすごく勉強になりました。

バルトークの曲には好きなものがたくさんあるんですが、その作曲作法の一端も垣間見られた気がします。

で、引き続き第2集に入ります。第2集も「初級」向けなんですが、少々気が重いのは内緒です・・・^^;

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「誤解学」 感想

投稿者: | 2018-09-19

「誤解」とは何か、なぜ誤解は生じるのか、を「数学的」に考察する本。

著者は東大の先生で、渋滞学、無駄学などの著書もあり、分類癖、分析癖?があるらしい。

確かに純化して法則を発見し、次の経験に役立てるという「数学的」視点はわかるけど、内容は自明な感じで、それをやらなくても・・・という感じがしないでもない。

例えば後半、誤解を避けるため、ひいては衝突を避けるためには中庸の精神、仏教の心に答えがあったみたいな話にはちょっと鼻白むし、政治・経済・生活の「誤謬」を誤解と言い換えて関連を述べるあたりも、ちと強引ではないか。

あまり充実した読書ではなかった。

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「ブルマーの謎」 感想

投稿者: | 2018-09-12

サブタイトルに引きずられて読み始めたのは否めず(笑)。

しかし、なかなかハイブロウな社会学の本である。

昭和のある時期、ちょうちんブルマーが体にぴったりしたブルマーに代わり、その後わずか数年で汐が引くように廃れた。

うーむ、ジャージ姿が標準だった気もするが、女子が体育の授業とかでぴったりしたブルマーを穿いていた記憶はある。でも、今はそんなもの穿かないのだという。知らんかったわ。

さて、ブルマーの変遷と盛衰に関しては、ちょっと調べてもよくわからないらしい。(だから、こういう本もできた)

学校のことであるから、女子生徒が自分たちで「かわいー」とか「恥ずかしい-」とかで着る物を選べるはずもない中、なぜそのようなことが起こったか。

GHQのサシガネによる「中体連」の創設、スポーツ振興と教育の狭間で肥大していく思惑、企業との密約?などが次第に明らかにされていく。

全体的な印象としては、家父長的男尊権威主義の源流というか、戦後教育のゆがみというか、昨今のスポーツ界のパワハラ問題に通じる何かを見る思いがする。

ちなみに一気に廃れたのは、「ブルセラ」だの「セクハラ」だの体裁の悪い話題が相次ぎ、世間から外的圧力が強まった結果らしい。

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「老人と宇宙」 感想

投稿者: | 2018-09-07

(ろうじんとそら)

奇しくも「老人もの」が続いてしまったが^^; 単なる偶然である。偶然と言いつつ、なんか呼ばれてるのかも知れんね(笑)。

久々に、コテコテのスペースオペラである。

75歳になったら、男女ともに宇宙軍に志願することができる。入隊したら、最先端の遺伝子工学による「若い体」が手に入る。青春を思い出して同僚とHしたりする。「気持ち悪い」エイリアンとのドンパチが出て来る。エイリアンから見たら人間だってよっぽど気持ち悪かろうに、いい加減老人やエイリアンで遊ぶなよ、と大した胸くその悪いSF小説である。

なぜ「老人」が戦いに赴くといいかなどの理屈づけ(哲学)も饒舌に語られるが、今イチ説得力を感じないし、むしろ腹立たしささえ覚える。年取った証拠であろうか(笑)。

ところが、後半になると少しだけ様子が変わり、郷愁と未来が交錯するユニークなラブ・ロマンスが入り交じる。ちょっとムネアツになったりして。

結果的には、最後まで読んでよかった。気短に投げ出したりしてはいけないのである。

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「超高齢社会マーケティング」 感想

投稿者: | 2018-09-02

久々に仕事関係の本なぞ。

少子高齢化という、日本を暗ーく覆っている言葉があるが、65歳以上の人が占める割合が14%を超えると「高齢化社会」といい、同14-21%までを「高齢社会」、同21%を超えたところが「超高齢社会」という。

日本では10年以上も前に「超」に突入しているほか、意外に世界的にも高齢化の傾向はあるらしい。

ともあれ、その超のつく社会に向けて、高齢者・・・まあ老人の、生態・特性から販促アプローチまでのマーケティング視点と手法を学ぶ本である。

すでに自分自身が思い当たるので^^; 追認っていう感じなんだけど、生態分析が身につまされる。

いわく、

  • 体の機能が衰えてくる、流行より自分の慣れたものを好む、こだわりが強くなる。
  • 意外と分散化と固定化があり(要するに流行やトレンドに流されにくくなる、疎くなる)、いわゆるマーケティングや広告的発想からは遠くなって行く。なかなか「響かなく」なっていく。
  • 広告やPR手法も、ワーっと言って乗せるものより、口コミ的なアプローチや、文字をでかくなどの工夫が必要になってくる。

というようなお話であった。

基本的には媒体広告やネットで騒いだってダメで、いいものを丹念にコミュニケートしていくことに尽きそうな感じ。広告ギョーカイの未来にも暗いものが覆っているような塩梅である。

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「よいクマわるいクマ」 感想

投稿者: | 2018-08-27

のぼりべつクマ牧場での勤務を皮切りに、ヒグマと深く関わって来た著者(前田菜穂子氏)による、ヒグママニュアル。

ヒグマの生態をつぶさに観察し、「対話」を重ねたからこその具体的な教えや対処法が興味深い。

「よいクマわるいクマ」というのはアイヌ目線の言葉であるらしく(途中、萱野茂氏のコメントや対談なども挟まれていて、それも貴重である)、人間が山を歩いている時に冷静に気配を察して立ち去るのがよいクマ、人間や人間の食べるものに興味を持ったり逆上して襲ってくるのがわるいクマということだが、結局わるいクマは、人間の不注意や山での傲慢なふるまいが作るものであるということで、実に身につまされる話である。

不幸にして山でヒグマに出合ってしまったら、絶対に背中を向けない、クマスプレーやナタを持っていなかったら頸動脈を押さえてうずくまる等は(そういう目に合いたくないけど)心しておきたいところだ。

掲載されている写真(ヒグマのいる情景=稗田一俊氏)も素晴らしい。

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