「名曲三〇〇選」 感想

投稿者: | 2015-11-22

久しぶりに読む吉田秀和せんせい。

吉田せんせいの視点から、クラッシックの名曲(・名盤)を300曲集めようという趣向です。
当初は、その曲の名演レコードを集めるという趣向だったようですが、文庫化にあたってその部分は削除したとのこと。

クラッシックの名曲・・・と言えば、何と言ってもヴィヴァルディやバッハ辺りから始まるのかな、と考えるわけですが、そこは吉田せんせい。第1曲目はいわゆる「宇宙の音楽」、歴史に残るの残らないのどころではない、遙か原初の音たちに捧げる、というのですからスケールが違う。

続くグレゴリウス聖歌は納得なのですが、その後は宗教から世俗へ、宮廷から民衆へ、モノフォニーからポリフォニーへ、ルネサンスを経てバロックへ、というような悠久の変遷をたんねんに追い、バッハが出てくるのはようやく144ページ目(340ページの本の)だったりして、ご本人は「音楽史じゃない」とは言うものの、すぐれた音楽通史の本として読むことができます。

バッハは「今さら言うまでも・・・」という筆致ですが、ハイドン、モーツァルト、ベートーヴェン(に至っては一人に一章を割いている)については綿密に描き出し、さらにロマン派に入ってヴァーグナーが一つの頂点をなしているところがこの本のポイントかとも思えます。

一方、その後の周辺諸国、すなわちフランス・イタリア・ロシアや北欧の中後期ロマン派の作曲家については、ほとんどスルーに近い書き飛ばしっぷり。マーラー辺りまではまだ軸足が乗っているかなとも見えますが、チャイコフスキーやシベリウスなどは一応触れたからもういいでしょ、という感じです。

ドビュッシーに至って最後の感嘆の声が挙がりますが、そのあとは二十世紀の音楽としてほとんど十把一からげ。

この辺は、魅力的な楽曲を書いたか否かではなく、音楽にいかなる革新的価値をもたらしたか、という視点が冷徹に貫かれているからかも知れません。

また、日本人はいつ出てくるかな(どきどき)と読んでいると、終わりから三行目、加筆の部分にようやく武満徹が「今、この本を書いたなら当然挙げただろう」ということで登場。本が最初に書かれたのが1960年代ですから、無理もないというところか。

このように時代背景(本が書かれた時分の評価や流行など)や著者のスタンスを若干割り引く必要はありつつ、前述の通りクラッシック音楽の壮大な通史として非常に勉強になる本でした。

*

ところで、前のエントリーで書いたハイドンの話ですが、こんなことが書いてありました。

「ハイドンは、即興と情熱の一時的な戯れを拒否し、すべてが着実で、論理的に一貫し、作品の統一と安定、表現の純粋と真実が達成されている。しかも、すばらしいことには、それが、(中略)むしろ明るくて活発な機知とユーモアを失わない、本当の思索となっていることである。」(180ページ)

凄い絶賛口調ですが、なるほどそういう耳で、たとえば「驚愕」や「時計」といった交響曲を改めて聴いてみると、いかに自分が表題の通俗性以外の部分を見ていなかったかと、恥じ入るような気持ちになりました。

※独自の「いいね」ボタンです。このブログの中だけで有効で、害はありません(笑)
  • いいね! (0)

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

日本語が含まれない投稿は無視されますのでご注意ください。(スパム対策)

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください