「武満徹 音楽創造への旅」 感想

投稿者: | 2017-05-16

なんの折だったか、ふと立花隆氏って最近見ないけど(例によってオレが見ないだけの話だけど)、どうしてるのかしらと思って調べてみたら、思いがけず武満徹氏の本を出していることを知った。

へぇーと思って図書館サイトで見てみると、予約が10数人待ちではないか。へぇー?と思ったら、これ、(ほぼ)新刊なのであった。

少々待つが、借りてみた(例によってアフィ張ってるけど図書館で借りて読んだのである^^;)。

届いてみてびっくり、ゆうに780ページあり、しかも開いてみたら二段組、活字がページの隅までギッシリという大著であった。2週間(=借り出し期限、しかも後ろにも待ち行列があるので延長できない)で読めるか・・・いや立花氏だから大丈夫か・・・と急き立てられる心地で読み始めた。

立花氏だから大丈夫、というのは、氏の著作はいずれも大著が多いが、これまでいくつか読んだ限りでは、長くても面白く読み通せるからである。テーマというか背骨がビシっと決まっているのと、文体(ロジック)がきれいなせいではないかと思う。

そういうわけで、この本も(2週間はびっちりかかったが)無事、大変面白く読んだ。

「文學界」という雑誌にかなり前に(武満氏の存命中から)連載されたものだそうだが、綿密な文献検索とインタビュー(武満氏やその周辺の肉声)がほぼ切れ目なく混交した、リズミカルな文章で氏の足跡を追っていく。

作曲家(音楽家)を志すきっかけとなった「蓄音機のシャンソン」のこと、街角でピアノの音が聞こえるたびに、その家に触らせてもらいに行ったこと、病気(結核)のこと、「デビュー作」酷評のこと、「ノヴェンバー・ステップス」の成立過程(と、前にも読んだ名手たちとのやりとり)、幅広い交友関係、音(だけでなくものごとの成り立ち)に対する鋭い感受性と洞察、そして何より「ノヴェンバー」後も含む、人生を通した音楽的な変転など・・・。これまで見聞きした内容がいかに点描に過ぎなかったと思わさる、その深掘りぶりには圧倒された。

しかし本の2/3辺りまで来たところで、突如として武満氏が亡くなってしまう。インタビューが柱の連載ゆえ・・・というか、著者自身これからあれも訊こう、これも訊こうと思っていた矢先のできごとで、相当な衝撃を受けたらしい。読者的にも、その巨大な思索が永遠に喪われてしまったことに改めて思いを致さずにはいられない。

そこから先は遺されたインタビューをテーマ毎に配置した記事になるわけだが、どうしても尻切れの印象は残ってしまった。

なにしろ連載は最後(がどこなのかはともかく)まで続けられた。単行本化もゲラ刷りの状態までは進んだらしいが、その後18年も寝かされたままだったのだという。それほど、立花氏のショックが大きかったのである。

後書きに、出版がまた動き出した理由が書いてあった。

ショックから立ち直れないまま長年原稿を寝かせてしまったが、取材の過程で知り合ったパートナーの女性(箏楽家)が2015年に癌で亡くなるのに及び、立花氏に本の完成を託したというのである。

そこから作業は一気呵成に進み、本は昨年上梓された。これでようやく武満氏と、(癌の戦友でもあった)その女性のもとに届けることができる・・・と。

最後に、すっかり泣かされてしまった。

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