東京都交響楽団・札幌特別公演

投稿者: | 2017-09-19

実に久方ぶりに「他流試合」に参戦。東京都交響楽団(都響)の札幌特別公演です。

札響以外のコンサートは、2003年以来と思われる(笑)。Kitaraで他のオーケストラを聴くのも初めて。

一時「大型で非常に強い」まで発達した台風18号が列島を縦断し、ちょうど札幌を直撃するタイミングでのコンサート。実にオツな体験ですな^^;

都響じたいナマでは初めて聴くんだけど、近ごろ大向こうの評判が非常によいので、とても楽しみにこの日を待った。

演目は、ワーグナーの「ローエングリン・第3幕への前奏曲」、シベリウスの「ヴァイオリン協奏曲ニ短調」、そしてサン=サーンスの「交響曲第3番ハ短調 <オルガン付き>」の3曲。

いずれもよく聞き知った名曲ではあるけど、ハテいったいどういう選曲なの? 120分間ヨーロッパ一周? とか思っていたら、会場でもらったプログラム、シベリウスの曲目解説の冒頭にキーワードがあった。「国民的大作曲家」。なるほど、ヨーロッパ各国それぞれを代表するような作曲家の作品を並べたのかな、と合点が行った。ヴァイオリン協奏曲のアンコールがエルガーで(これは仕組まれたものかどうかわからないけど)、オケ全体のアンコールがドヴォルザークと来たので、これはもう確信しかない。

席につくと、ステージで音を出している人が数名。コントラバス、クラ、オーボエがいるのは札響でも同じだけど、いつも見慣れないファゴットがいるのがまず面白い。コントラバス軍団がヒナ段に乗っているのも札響と違う。あと、コスチュームはダークスーツに各人それぞれのネクタイだ。札響定期は(男性は)燕尾服に蝶タイなので、だいぶカジュアルに感じる。

開演までの5分間程度、札響では演奏者がいったん全員はけて、その後しずしずと入場するのだが、都響では、なぜかフルートを除く木管陣は座ったまま。見慣れている人にはどうってことないんだろうけど、オレにとっては何ともニヤニヤしたくなる光景だったのである。「他流試合」の面白いところは、各オケの癖みたいなものが垣間見れることだなーと。

さて、本日の指揮者は、都響の音楽監督を務める大野和士氏である(この人も初めて聴く)。

1曲目、ワーグナーの「歌劇「ローエングリン」・第3幕への前奏曲」。

大野氏のタクトが真上に上がる。もう、その冒頭1音目から「さあ音の泉よ、思うさま噴き上がれ!」という声が聞こえたような気がして、一瞬でタダ者でないことが知れた。

非常に滑舌のよい、ダイナミックな演奏。短い曲ではあるけど、都響の挨拶代わりとして十二分のインパクトであった。

2曲目、シベリウスの「ヴァイオリン協奏曲ニ短調」。

ソリストは韓国出身のパク・ヘユンという人。まずドレスに驚く。黒地に金のあしらい(一瞬、龍かと思った^^;)。遠目にもクッキリとした目鼻立ちが印象的である。

演奏の方は、(悪い意味ではなく)ダークでねっとりとしたものを感じる。粘着的というか・・・なんだか悪口っぽい表現になるけど(笑)、そうではなく。

で、オケの方は滑舌よく個々の音が立っているもんだから、どうもウマが合っていないような、リズムのもつれのようなものを感じてやや消化不良であった。

アンコールを一曲。エルガーの「性格的練習曲集」という中の1曲だそうで、チャーミングな中にさりげに超絶技巧が仕組まれているような曲であった。

20分の休憩を挟み、メインはサン=サーンスの「交響曲第3番ハ短調 <オルガン付き>」。

Kitaraで聴くのは2度目の曲だけど、今回は正面の席だし、「レーガー・ナイト」の時に聴いていいゾ、と思ったオルガニスト・室住素子さんがクレジットされているので、また期待が盛り上がる。

演奏は、緻密さや構築性を感じる見事なものであった。

特に弱-強、緩-急、薄い-厚いのダイナミズムが(楽章間の性格付けといった大きな部分にも、メロディのつなぎといったディテールの部分にも)充分に感じられて、実に小気味よい仕上がりだったと思う。

期待のオルガンも、全体と渾然一体というよりは、一つの楽器としてオーケストラと渡り合うほどの響きを聴かせてくれた。緩徐楽章部分のコラールの美しさも、フィナーレ部分のド派手な導入にも、結尾の重低音(ドシラソファミレド)にも大満足。

前にも書いたけど、こういう場合の音色とか音量とかはどのくらいまでが演奏者の采配なんだろうなあ。訊いてみたいもんだ。

そして今回もまた、最後のハ長調の分厚い和音でチビりそうになった。この名曲を大名演で聴かせてくれて本当に感謝。

大野氏の一言コメントがあった後(台風を念頭に「ご無事のお帰りをお祈りしてアンコールを」という言葉に会場がなごむ)、特別演奏会ならではのアンコールを一曲。ドヴォルザークの「スラブ舞曲第1集から第1番」であった。この曲、学生時代にやったことあるな。リラックスした雰囲気の中、これも緩急自在の趣で素晴らしかった。

*

ところで、もちろん個人的な印象だけど、Kitaraでの都響と札響の違いについて。

都響には、上の方に書いた通り、何と言っても滑舌のよさを感じた。それぞれの音のツブツブが明瞭に立っていて、和音やアンサンブルを構成する音がよく聞こえる。

札響はその点、まろやかに融け合うようなアンサンブルの美しさがある。

都響の音はまた、非常に硬質で、金管などは時として鳴らしすぎでは?と思うほど。これは「よく鳴る」と評価の高いKitara大ホールへの対応の違いもあるのかなと思った。

こういう「他流試合」がもっと聴けたらいいなあ。Twitterで誰かが書いていたけど、仙台フィルとか山響とか。あと京響とか。(まず自分が当地へ出かけれ、というのは措いといて^^;)

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16時過ぎに会場を出ると、台風は既に通過したようで、青空さえ出ていた。

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