武満ナイト

投稿者: | 2018-02-25

札幌交響楽団第607回定期演奏会。
(2/23夜公演)

久々に尾高元カントクが登板、オール武満徹プログラム。

札響とゆかりの深かった作曲家武満のワンメイクだけに貴重な演奏会だなーとは思うけど、会場には空席が目立ちますな。今シーズンの掉尾を飾る演奏会としてはやや地味と言ったところか・・・。

1曲目は「乱」組曲。黒澤映画「乱」の音楽を組曲に仕立てたもの。このブログで細々と書いている「映画のリスト」にこの作品も入っていて、演奏会の前に観なきゃと思っていたのに、ついつい観そびれてしまった。てなわけでこの曲も今夜が初聴きであった。

荒れ野をただただ風が吹きすぎて行くというような武満一流の曲で、よくも悪くもコアが感じられない。4楽章構成の曲ということだったけど、「ああ、2楽章が終わった」と思ったら指揮者が向き直り、コンミスが立ち上がったところで「あれ、4楽章が終わったんだ」と気づいた(会場全体も戸惑ったような感じだった)。

2曲目は、われらが首席クラリネット奏者・三瓶佳紀氏をソリストに、ファンタズマ/カントスという曲(幻想/歌、という意味らしい)。首席の妙技は感じつつ、これもよくわからない。例の回遊式庭園(日本庭園の小径を歩くような)の作法による曲のようだが、明確なイメージが湧いてくるわけではない。もっとも、もとより誰もがある一定のイメージを抱くような音楽ではないのかも知れない。

3曲目は遠い呼び声の彼方へ!。ヴァイオリンにアレックス・シオザキ氏。武満は速い曲・リズミカルな曲が書けなかった(書かなかった)そうだが、凡庸な耳には同じように響く曲が続くので、正直くたびれてくる。無調のようでありながら「ハ調(トーナル)の海を目指してすすむ」というキーワードがある。

休憩を挟み、4曲目。比較的耳馴染みのある曲、弦楽のためのレクイエム。プログラム解説にも引かれているが、「はじまりもおわりもさだかではない。人間とこの世界をつらぬいている音の河の流れの或る部分を、偶然にとりだしたものだと云ったら、この作品の性格を端的にあかしたことになります」という。難解のように思えて、聴けばナルホドとも思える、ある種平明で美しい曲だと思う。札響の弦の響きも素晴らしい。

最後は、系図-若い人たちのための音楽詩-という曲。谷川俊太郎氏の詩集「はだか」から取った6編の詩と音楽が響き合う曲である。朗読(ナレーター)として、女優の中井貴惠さんが登場。

この曲も初めて聴いたが、そしてプログラム解説にある作品の意図を読んでも引き続きよくわからないが、詩の内容(主人公である「少女」から見た家族を易しい言葉でうたったものだが、「系図」といいつつどこか断絶を感じさせる詩である。裏返せば、家族を超えて世界とつながっていくといったテーマなのか)や曲そのものはグっとわかりやすくなっている。特に曲は、構造的・数理的な作曲作法を自分に課してきた武満に思うままに書かせたらこんなにも美しくエモーショナルな(耽美的とでも言いたくなる)メロディになるのか、と驚いた曲でもあった。

わからないながら、こうして5曲をつなげてみると、荒涼とした無調の世界から調性的(トーナル)な世界へとさまよい、漂い、ぐるりと戻って来た武満の軌跡(この5曲は作曲順ではないけど)みたいなものが浮かび上がるのかもな、と思った夜であった。

(ちなみに作曲年はそれぞれ 1985年 – 1991年 – 1980年 – 1957年 – 1992年)

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余談ながら、中井さんはさすが女優さん、朗読はもちろんだけど、歩く姿や拍手の受け方なんかは実に堂に入っていて感心した。

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本日のロビーコンサートは、ヴァイオリン岡部さんを始め弦楽四重奏による、ヴォルフ作曲「イタリアのセレナーデ」とのこと。いい曲だったな。

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