ショスタコーヴィチの謎

投稿者: | 2011-07-04

いいんですけど、もう謎は(笑)。

今度は、○○年にどこそこで誰それのもとに生まれ…的なお話から始まるので、少しは安心して読める(笑)。

もっとも、カナの地名や名前が次々出てくるので、のっけからワケがわかんなくなっちゃうわけだが。

それにショスタコーヴィチの音楽というと、ソ連の体制と無縁ではないのである。おおむね考えていた通り、革命、戦争、戦後の独裁体制と続く外的圧力の中での創作人生であったことがわかる。

特にスターリンを中心とする共産党支配のもとで、音楽への要求も強力かつ理不尽なものがあったようである。時には露骨な体制礼賛の音楽を作らざるを得ず、その悔しさに身内の前で号泣したこともあったという(※)。

本書を読みながら、ふと、このような束縛がなかったらどのような高潔な音楽を書いていたんだろう?と思わなくもなかったが、これほどの音楽は書けなかったかも知れない(←そもそも、意味のない夢想)。

人生と創造の数奇なところというべきか。

 

(※)
オラトリオ「森の歌」は初演時(1949年)には大絶賛の嵐を受けたが、作曲者本人はホテルの一室でむせび泣き、ウォッカをいくら飲んでもなお酔うことがなかったという。

この曲のスコア(音楽之友社刊:1955年初版・1976年3刷)が手元にあるが、ここに掲載されている解説文が興味深い。この現代の日本においてさえ、

この曲はショスタコーヴィッチの過去の作品に比較しても、また現代音楽のもっとも輝かしい成果のひとつとしても特別な意義をもつ。第一に、この曲がスターリンの自然改造計画を歌ったもので、それによって第二次大戦の終結とファシズムの敗北ののち、人間の前にひらけた新しい未来の希望をうたっている

戦後スターリン首相によって立案された自然改造計画…という事業それ自体のなかに、現代の詩があり美があるということをショスタコーヴィッチは正しく感じとった

という手離しの礼賛口調なのである。スターリンの評価や上記のようなショスタコーヴィチの内心がわかっている今となっては、このように書く人はいないだろう。

学生時代(1980年頃)に、このスコア解説のイメージを持ってこの曲の演奏に参加したことがあるが、実にのどかだったと言わざるを得ませんな。

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