道立日本語研究所
2004/07/01 木 11:01
HY
言葉っていうのはまさに生き物である。
人や地域(ばーさまと孫、同じご町内でも使う言葉や単語が違ったりする)、オケージョンによって異なるし、時間が経てばどんどん変化していく。
また、言葉はすべて比喩である。
ものごと、できごと、あること、ないこと、こしかた、ゆくすえを人間は言葉で表現するわけだが、まったく同じものが他人に伝わることはあり得ない。
具体的なモノの名称ならブレは少ないだろうが、例えば「ウォークマン」と言っても人によって抱くイメージはさまざまだろう。
これは「馬鹿の壁」以前の話だろうな。
そんな言葉(単語)について、国立機関がお仕着せで「こう漢語で呼び慣わそう」と言うのは、いかにも横暴かつ僭越であろう。軍国日本の復活である。
もちろん拘束力はなかろうが(ないよね?)、国旗国歌みたいにいつの間にか統制が始まっているかも知れない。
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確かに、日本語(日本)は簡単に外来語を引き移す傾向が強いようではある。
カタカナという便利な表音文字を使いこなしているせいだともいう。
「外来のものごと」という意味もちゃんとつけ加えたい、精妙な言語感覚のゆえかも知れない。
8氏が言うように、外国語(といってもほとんどは西洋語だが)がなんとなくかっこよく思える、というのもあるだろう。
(近頃洋画のタイトルは、カタカナにしないと入りが悪いそうだし)
その点、さとしす氏が指摘するように、中国語では(固有名詞を除き)音写はあまりしないようだ。カナに相当するものがないというよりは、自言語や自分の文化習慣にプライドがあるのではなろうか。(簡体字と繁体字が二大勢力になっているのもその現れかも)
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