ソーシャル・ネットワーキングに難クセをつけてみる

2004/04/27 火 14:31
HY


・増えてくれば意味なくなる
と喝破したさとしす氏のような指摘もある。

最初は管理されていても、メンバーは基本的にオールフリーで入って来る。
周辺部分では、「同じような興味」「リテラシー」は、当然拡散してくる。
そのうちには、ハズれた人間も会員になってくるだろうし、もともとはハズれてないんだけど、ハズれた役回りに陥ってしまう人間も現れるだろう。
(一定の割合で存在する「落ちこぼれ」をカットすると、必ず次のグループが「落ちこぼれ」る、という法則がある)
そしていずれは、一般社会の景色と変わらなくなる。
「閉じた居心地のいい空間」は、早晩破綻するだろう。

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一方、閉じた居心地のいい空間であり続けるために厳密にメンバーを選んで行かなければならないとすると、見かけるのは常に見た顔ばかりで、発展性のないコミュニティになるしかない。
次第に硬直化し、飽きてくる|あるいは狭い空間で衝突するのは必至である。

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もう一つは、言いがかりのような話ではあるが、ソーシャル・ネットワーキング・サイトでは、自動化ツールが使われている。
会員間の多くのトランザクションを手動で捌くことはあり得ないから当り前なのだが、意外にこれが面白くない。
ツールを使って楽しんでいるというよりは、「使わされている」というキモチに、どうしてもなる。
おがちゃん氏の言うような
・慣れるしかない
というのも実はヘンな話だろう。

もっともこれは近頃のインターネットサービス全般に言えることで、自動生成でやたらに重かったり、いずれどこかで見たようなデザインと無味乾燥な内容しかない、機能至上主義、ユーザーなんか二の次という本末転倒サイトもよく見かけるところである。

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