カービングターンはなぜ必要か?

2005/03/21 月 20:42
HY


ところで、カービングターンを、なぜしなければならないのだろうか。

いわく、


…という説明がされているが、どうもピンと来ない。ストンと落ちない。

帰納的手法により技術を体系化したオーストリア国立スキー学校の成果(スキッディング†パラレルターンの系譜)をさらに進化させるために、演繹的手法でターン運動の未来形を探る…「カービングターンの科学」は、そういうプロセスなのだという。

またいわく、「ヘルマン・マイヤーの滑りをどんなに真似しても、マイヤー以上の滑りにはならない」。
なるほど。
だがしかし…。

「カービングスキーがあり、それに乗る」「カービング理論があり、それを学ぶ」という順番が不自然な気がしてならないのである。
人なりに、ただいろいろな雪面を滑走し、喜びを得たりへこんだりする…高邁な自己実現も結構なことだが、そこを語らずして何の啓発だろうか。
せせこましい技術論が、スキーをつけた我々と自然とを融合できるのだろうか。
結局、日本のスキーがつまらない象徴が、ここにあるように思える。

ちなみに「日本スキー教程」という指導書も、この人の文章で始まる。「科学」の内容を、文字数に合わせて慌てて要約したような文章は、輪をかけてわかりにくい。

*
テレマークスキーを始めることになった動機も、実はカービングにあるように思う。
アルペンのカービングターンに、ほとんど魅力を感じなかったのだ。
言ってみりゃ膝下をてろーんとさせて体軸を傾ければ曲がるわけで、いったんできたとしても発展を考えられない。雪面からの圧力をがまんしたり、ピステンにレールを描いたりして楽しいわけでもない。競技にも興味はない。その先には、プッツリと何のイメージも湧かなかったのである。

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