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2004/06/02 水

「清潔すぎる」世の中

RFIDという言葉が、ところにより流行っている。

Radio Frequency IDentification、無線による一貫性管理。
要は、極微小なチップを商品(パッケージ)に埋め込んでおき、生産者/流通業者やその商品が扱われた日付といった情報を蓄積、商品の素性や来歴をさまざまな場面ごとに読みとれるようにしようという話である。
1年くらい前に流行ったユビキタス(情報の遍在)の具現化の一つであり、トレーサビリティという文脈でも語られる。

商品の安全性や信頼性、管理のスピードアップ、ひいてはサービス向上につながるわけで、結構なことではある。
(こういう新しいテクノロジーと製品を提供する企業にとってはますます結構・・・というかウハウハなことである)

しかし。
この単語を目にするたび、あたくしはちょっと違うことを思い出す。
RFIDとは全っ然違うのだが、その「こと」とは、さかんに宣伝されている「除菌スプレー」のたぐいである。

まな板。家電。梅雨時の室内。トイレの便座・・・。
あらゆるところに、シューっとひと吹き。これであなたも清潔生活。
データはないが、結構売れていると思われる。

確かにどうしても必要な場面もあるだろう。
でも、そこらへんにもともと“遍在”している雑菌がそんなに罪なのか?
ほんの少しでもついていたら、そんなに「キャー」なのか?
目に付くところばかり、そんなにキレイにするフリをしてどうするのか?
多くの場合、ほっといてもどうってことはないんじゃないのか?
で、むしろそうした過敏な処置が、ある種の現代病を生み出しているのではないのか?

マーケットが成熟し、必要なものが行き渡ってしまうと、あと売るべきは無駄なものや余分なものばかり。
そうした要らないニーズを作り出し、本当は要らないものを売ることをマーケティングというが、そうまでして儲けたいのか、と思ってしまう。
(そういやバージョンアップで暮らすパソコンメーカーやソフトウェアメーカーも同様である。)

テクノロジーの進化が製品をもたらし、製品が生活をもたらす。
で、そうした生活が新たな弊害をもたらす。
この流れは、なんか、本来逆ではないのか。

人類(ってゆーか先進諸国民(ってゆーか日本人))は既に行き過ぎているような気がする。

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バージョンアップで暮らすパソコンメーカーやソフトウェアメーカーは、ちょっと違うんじゃないかなぁ

Comments

なんだか、ちゃんと言えないんだけど、すっごく感じることです。禿同
さとしすって何屋さんだっけ?
みんなどっかで感じていることなのかも、という気はします。
みんなが知っていたり感じていたりすることは、このBLOGでは書かないようにしてるんだけど、まータマにはさ・・・。
(^^;)
 創業以来、「生活に必要なもの」なんて何一つ作っちゃいないんです…。
音楽関係の製品は炊飯器とは違うけど、生活には必要じゃないかなぁ。
黒物家電屋さんの中で法人向けISPやってま。
T-GOTO,くっきもと同じっす。
あっ、そうだったね。思い出しました>さとしす。

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