<< 季節の移ろい | main | webページ作り >>

2004/05/24 月

「平成」

不景気・大地震・戦争・政治不安。
最近ロクなことが起こらないのは、「平成」という年号のせいである。

2004/5/5の朝日新聞に、丸谷才一氏がそんなことを書いているそうだ。
(まだ原典には当たっていないのだが・・・)
丸谷氏は語る。
(先述の通りまだ原典に当たっていないので孫引きである、恐縮)

「平成」という年号には、元号懇談会の委員(東洋思想が専門の大学者)が猛反対した。
中国には「平」が頭につく年号はなく、日本でもただ一つだけ。しかもその年号「平治」の時には平治の乱(1159)が起こり世が乱れた。大学者はそれを踏まえての反対だったと見られるが、結局は押し切られた。

そもそも原始日本語には「エ」音はなく、後来のエ音列は侮蔑の対象となるような言葉だったという。
長い歴史の中で「ただ一つ」しかないことには理由があるのである。
ところが「平成」には「ヘエセエ」と4つのエ音がある。てゆーか全部エ音だ。
命名者はこうしたことを知悉していたのか? 果たして新年号にふさわしい命名だったのか?

昔の学者や貴族は、少なくとも詩歌に深い造詣を持ち、言語感覚も鋭かった。
ひるがえって現代人はどうか。
ロクに先人の伝統や知恵を考えもせず(受け継ぐことをせず)、生半可なことばっかしているのではないか。

ここまで乱世なのだからいっそ改元すべき時だろう。
いや、この際西暦に一本化してはどうか。尺貫法からメートル法にしたように。


・・・という内容だそうな。
実に、いいお話である。

*
安易なカタカナ語の導入(特に映画ではカタカナのタイトルでないと客が入らないという)。
街区の整備や平成の大合併に見られる、歴史や由来を無視した「何となくカッコイイ」命名。
説得にもならない「言い換え」でお茶を濁そうとする政治家。

言葉は高度な情報伝達や共有、ひいては社会化のために、人間にとって極めて重要な要素だという。

本多勝一氏は「アメリカ語の多用は奴隷根性丸出し」と喝破し、正高信男氏は「今の子供はサルなみの言語能力」と指摘する。

北朝鮮にも米国にもナメられる日本。
もう手遅れかも知れない。

Trackback URL


Comments

Comment form